山口地方裁判所下関支部 昭和33年(ワ)256号 判決 1960年10月31日
原告 国
訴訟代理人 森川憲明 外三名
被告 株式会社山口相互銀行
主文
被告は原告に対し金壱万六干四百五円及びこれに対する昭和三十三年九月十八日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告指定代理人は請求の趣旨として、被告は原告に対し(一)金五十万円及びこれに対する昭和三十二年十月二十四日より同年十一月五日まで日歩八厘同年十一月六日より支払済に至るまで年六分の割合による金員(二)金十万円及びこれに対する昭和三十二年十月二十四日より同年十一月五日まで年三分六厘同年十一月六日より支払済に至るまで年六分の割合による金員(三)金四十万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日より支払済に至るまで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として
一、原告(下関税務署所管)は訴外藤原永達こと蒋永達に対し、昭和三十二年十月二十四日(以下差押日と呼ぶ)現在滞納所得税額合計金二百二十一万九千二百二十円の租税債権を有していたが、右滞納者は昭和三十三年六月三十日現在なお合計金二百三十五万百三十五円を滞納している。
二、一方右滞納者は右差押期日において被告に対しつぎの債権を有していた。
(一) 通知預金債権
払戻を受ける金額金五十万円及びこれに対する昭和三十二年十月十七日(金五十万円の預入日)より弁済期の前日まで日歩八厘の割合による利息、弁済期は預入日より七日間据置き二日前の引出予告の日、通知預金番号第三五二号
(二) 定期預金払戻債権
払戻を受ける金額金十万円及びこれに対する昭和三十二年一月二十二日(金十万円の預入日)より弁済期の前日まで年三分六厘の割合による利息、弁済期昭和三十二年七月二十二日、定期預金番号第三〇回第九三号
(三) 相互掛金契約に基く債権
(イ) 契約金額金五十万円(山口第二〇号五十万円会第九八号)契約期間自昭和三十二年五月二十九日至昭和三十四年一月二十九日、差押日までの既掛金額十五万円
(ロ) 契約金額五十万円(山口第二〇号五十万円会第九九号)契約期間(イ)に同じ、差押日までの既掛金額十五万円
(ハ) 契約金額五十万円(山口第二〇号五十万円会第一四二号)契約期間自昭和三十二年九月二十六日至昭和三十四年五月二十六日、差押日までの既掛金額五万円
(ニ) 契約金額五十万円(山口第二〇号五十万円会第一四三号)契約期間(ハ)に同じ、差押日までの既掛金額五万円
右の各相互掛金契約は、各満期日までの間において各五十万円の給付をうけることを約して満期日までの間毎月各二万五千円宛掛金をすることを内容とするものである。
三、そこで原告は前記永達に対する前記差押日たる昭和三十二年十月二十四日における前記租税債権金二百二十一万九千二百二十円徴収のため、同日国税徴収法第二十三条の一の規定に基き右永達が被告に対し有する前項記載の各債権を差押え、その旨被告に通知し、併せて右永達に代位してその支払を求めたが、被告はこれに応じない。
四、よつて原告は昭和三十二年十月三十日付書面をもつて被告に対し差押にかかる通知預金債権五十万円、定期預金債権十万円を同年十一月五日までに納付するよう催告したが、被告は右催告にも応じないのであるが、右定期預金債権の弁済期はすでに経過しており、通知預金債権の弁済期は右催告によつて到来し、また相互掛金契約に基く債権は被告が昭和三十二年十月二十四日その契約を解約したので、被告はいずれもその払戻をなす義務がある。
五、原告は被告に対し、前記永達に代位してその支払を求めるものであるが、定期預金及び通知預金については、納付催告期日后、また相互掛金については本件訴状送達の翌日より商法所定の年六分の割合の損害金とともに支払を得たく本訴に及ぶと陳述し、
被告の抗弁に対し、
1 原告は本件相互掛金契約に基く債権について掛込金自体を差押えたのでなく、右差押は、給付金を受ける権利(給付請求)、または、契約が解除された場合受ける掛込金の返戻金債権(解約返戻請求権)を差押えたのである。差押調書に相互掛金と表示したのは右の意味である。同調書に金額を具体的に記載されているけれども、差押当時までにこの程度の金額が掛込まれていることを念の為記載したに過ぎず、この金額の支払を求めたわけでなく前記契約上の交付金または解約により返戻される金額の支払を求めたものである。尤も右記載中七万五千円とあるは十五万円の誤記である。
2 被告は本件差押による債権は相殺によつて消滅していると主張するが、その主張の自働債権も受働債権(定期預金を除く)も差押日までに弁済期未到来であるし、期限の利益を放棄したこともないから差押前相殺適状にあつたものではない。被告のいう期限利益の喪失約款は銀行取引における商慣習ではなく、かえつて自粛措置の対象となつている。また、被告主張の相殺の予約は、すくなくとも第三者に関する限り無効である。被告主張の相殺の意思表示は昭和三十二年十月二十四日付の相殺通知書と題する書面によつてなされたもので(その翌日滞納者蒋永達並に国が受領)本件差押前に効力を生じたものではない。また差押後の相殺が有効としても相殺前に両債権につき弁済期が到来していることを要するのであるから何れの点からしても被告の抗弁は失当であると述べた。
立証<省略>
被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として
一、被告銀行は本件滞納処分による差押前に訴外蒋永達に対し左の債権を取得していた。すなわち
被告は昭和三十二年十月十七日右蒋永達に対し
1 金五十万円を利息日歩三銭五厘、支払期日昭和三十二年十二月九日、遅延損害金日歩五銭
2 金五十万円を利息日歩二銭二厘、支払期日昭和三十二年十二月十五日、遅延損害金日歩五銭
の各約定にて貸付け、支払期日までに利息の前払いを受けている(2の利息については十二月十五日が日曜日であるので十二月十六日迄の利息を含む)。
しかして、被告は本件差押前に取得した蒋永達に対する前記債権を以つて原告主張の通知預金払戻債権、定期預金払戻債権、相互掛金契約による払戻金返還債権(尤もこの債権差押は無効)と相殺したので右蒋永達の債権は消滅しているから、もはや被告にはその支払義務はない。
すなわち右相殺した相互の債権は次の通りである。
(イ) 被告の蒋永達に対する債権
前示貸付金百万円の中既に前払を受けた利息の払戻分金一万三千六百九十五円を差引き金九十八万六千三百五円(利息の払戻分の内訳は、金五十万円につき昭和三十二年十月二十四日から同年十二月九日まで日歩三銭三厘の割合金七千七百五十五円、金五十万円につき昭和三十二年十月二十四日から同年十二月十六日まで日歩二銭二厘の割合金五千九百四十円である)。
(ロ) 蒋永達の被告に対する債権
1 通知預金払戻債権元金五十万円利息金二百五十二円(昭和三十二年十月十七日から同年十月二十三日までの日歩八厘の割合による金員から預金利子諸税二十八円を差引いたもの)合計金五十万二百五十二円
2 定期預金払戻債権元金十万円利息二千四百五十八円(昭和三十二年一月二十二日から同年七月二十一日まで年三労六厘の割合、同年七月二十二日から同年十月二十三日迄は日歩七厘の割合)合計金十万二千六百五十八円
3 相互掛金契約解約による払戻金返還債権金三十八万三千五百九十五円(返還債権金四十万円中契約の時の順序によつて第九八号第九九号第一四二号第一四三号の順序によつて相殺した。)
右の順序に従つて合計金九十八万六千三百五円
を各対当額において相殺した。
そして、右の結果相互掛金契約解約による掛込金返還債権の残金一万六千四百五円については被告において蒋永達の別段預金として処理している、(被告は本件相互掛金の差押は無効と解しているからである)
前記相殺の時期については、被告は昭和三十二年十月二十四日原告より本件差押を受けたのであるが、本件差押に先だち蒋永達の被告に対する預金の調査を受けたので、その調査によつて被告は或は永達が脱税しているか、税を滞納しているか、いづれにしても被告の同人に対する貸付債権が不履行となるか、担保権に損害を蒙るおそれを認めたので、被告の同人に対する貸付金の回収を実効あらしめるため、本件差押前において、相殺適状におくこととし同人との間の履行期喪失約款によつて、相互の債権につき昭和三十二年十月二十三日を以つて履行期到来と認め(定期預金のみは既に弁済期経過)且相互掛金契約については直ちに解約し同日各履行期到来し、相殺適状にある相互の債権につき昭和三十二年十月二十四日蒋永達に対し相殺の意思表示をした次第である。
二、差押命令には差押うべき債権及び数額を表示すべきであるが、原告の差押調書の相互掛金については「相互掛金山口第二〇-九八金七万五千円」となつている。これは「山口第二〇号五十万円会第九八番」というのが正しいのである。そしてその掛込金十五万円について原告が特に金七万五千円と明確にその金額を表示したことは、仮りに原告主張の如くこれが誤記であつたとしても差押を受ける第三債務者の重大なる権利の抑制である差押としては、その金額は表示した金額に制限を受けるものとしなければならない。のみならず、元来差押債権の表示として右の如く単に相互掛金とのみ記載してあり、原告自らも訴状において相互掛金契約に基く掛込金債権というものを差押えたと記載している。そして掛込金としては原告の差押調書の如き金額になつている(前記の原告の誤記と称する部分は除外する)。しかし原告が新らたに主張するが如く、相互掛金契約についての給付請求権、解約返戻請求権の二つのものを差押えるならば債権の表示にその旨の記載が為されねばならない。これは差押時における原告の真意は相互掛金の掛込金を預金のように解してこれを差押えるにあつたと解しなければならない。よつて相互掛金契約についての給付請求権解約返戻金についての差押はなかつたものとしなければならない。
三、被告と蒋永達との各種債権債務につき期限利益の喪失約款について述べると、被告は同人に対し前記貸付以前から継続的取引関係があり常時貸付金債権が存していたので、同人において被告に対し、現在負担し又は将来負担すべき債権の担保として同人の預金等について質権を設定していたが、本件相殺に供したものについて次のとおり質権を設定している。(イ)昭和三十二年一月二十六日本件定期預金払戻債権につき質権を設定し、同人に対し預金証書を交付した。(ロ)同年九月二十六日本件相互掛金契約に基く契約金受領債権又は解約による払込金返還請求権につき質権を設定し、同年十月十七日本件通知預金払戻債権につき質権を設定し被告に対し預金証書を交付した。そして右質権設定に際し両者の間に何れの債務についてもその履行期につき期限利益の喪失約款がある。すなわち蒋永達の被告に対する債務について、不履行のおそれあり若くは担保権に損害を蒙るおそれありと被告において認めたときは相互掛金契約の解約をなし得るし、双方の債務につきいづれもその履行期が到来したものとして別段の通知を要せず被告が任意に双方の債権債務を相殺清算してよいという特約が存している。本件についても、定期預金や相互掛金契約による掛込金の金額に応じて、被告は貸付を継続していたのであり昭和三十二年十月十七日の通知預金については蒋永達が金五十万円を預金するというから同日金五十万円を貸付けたものであつて、同人が通知預金をした金五十万円なるものは現実には被告が貸付けた金五十万そのもの自体である。このような取引は銀行一般に行われるものであつて、取引先の預金を担保としてその預金の限度において貸付を行う場合には貸付金の回収は易々たるもので取引先の資力に関係なく安んじてこれを行い他の物的担保による貸付における場合の厳重な調査を省略するのが慣例である。この預金を担保として経易に貸付を行つていることは貸付金の回収はいつでもその預金によつて完全にされ得ることを前提としているかであり、いつでも相殺によつて回収し得る前提が存するからである。この預金が不測の差押によつてその担保価値を消失することになると金融機関としては大恐慌を来たすは論をまたない。されば期限利益喪失の約款を設けて債務不履行のおそれある場合履行期を到来せしめ相殺することによりその損害を免れしめることとするのであつて期限利益の喪失約款は銀行取引における商慣習である。
以上の次第で原告の請求に応ずることはできないと述べた。
立証<省略>
理由
原告(下関税務署所管)が訴外藤原永達こと蒋永達に対し、昭和三十二年十月二十四日現在滞納所得税額金二百二十一万九千二百二十円の租税債権を有し、これが滞納処分として同日右蒋永達の被告銀行に対する債権を次のとおり差押え、
1 藤原永達名儀通知預金五十万円
2 同定期預金十万円満期日昭和三十二年七月二十二日
3 同相互掛金山口第二〇-九八金七万五干円
同 九九金十五万円
同 一四二金五万円
同 一四三金五万円
を差押財産とし、その旨の差押調書を作成し、被告銀行に交付したことは成立に争いない甲第二号証(滞納税額証明書)甲第一号差押調書により明かである。原告は前記差押調書の財産表示中金額はこの限度にのみ制限するのでなくまた金七万五千円の記載についてもこれは金十五万円の誤記であり差押は金十五万円であると主張するけれどもさような紛らわしい差押金額の記載は法の許さない処であるから差押金額は調書記載の金額に限定せらるべきは勿論であつて原告の右主張は採容できない。
次に被告銀行の右蒋永達に対する債権は
1 金五十万円の貸金(利息日歩三銭五厘支払期日昭和三十二年十二月九日遅延損害金日歩五銭、支払期日迄の利息前払)
2 金五十万円の貸金(利息日歩二銭二厘支払期日昭和三十二年十二月十五日遅延損害金日歩五銭、支払期日迄の利息前払)の各貸金債権が存していたことは成立に争いない乙第一、二号証並に証人深川竜雄の証言によつて認めることができる。
そして被告銀行と前記蒋永達間の取引については昭和三十二年九月二十六日(イ)同人が被告銀行に対する負担する債務中何れの債務でも履行を怠つたとき、若くは不履行のおそれありと被告において認めたときは他の一切の債務について期限の利息を失つたものとされても同人に異議はない(ロ)この場合諸掛金そのほか被告銀行に対する同人の一切の債権は支払期日が到来したものとみなし同人へ通知せず任意、同人の債務と差引計算されても同人に異議ないことの約定がなされていることは成立に争いない乙第四号証によつて明かである。
そして、証人深川竜雄の証言並びに成立に争いない乙第十号第十一号証によれば、昭和三十二年十月二十四日に、蒋永達の被告に対する債務不履行のおそれありと認め被告において同人に対し有する貸金債権と同人に対する預金並びに払戻金返還債務とを前掲事実欄摘示の如く同月二十三日付を以つて相殺計算を遂げ同日これを右蒋永達に対し通知を発したことを認定できる。
ひるがえつて被告は原告の差押調書による相互掛金そのものの差押は無効であると主張するけれどもこの差押の趣旨は本件については相互掛金契約の解約返戻金を指す趣旨に解し得ないことはないから右主張は採容できない。次に原告は相殺の予約は第三者に対して無効であり差押后弁済期の到来したものに対する相殺は差押債権者に対しては無効であると主張するけれども本件の如き相殺の予約を制限する規定はなく、また、民法第五一一条は差押后の取得債権による相殺のみを差押債権者に対し対抗し得ないとしているに止まるから、差押後に弁済期到来し相殺適状になつた差押前の取得債権については、いつでもこれと相殺し得てこれを差押権者に対抗できるのであつて、この理は滞納処分による差押においても異ることはないものと解するのが正当であるから本件につき弁済期が差押前に到来したか否か深く検討するまでもなく原告の右主張は採用できない。この点に関する原告援用の各証拠は前説明を左右するに足りない。
しからば、原告主張の如く被告の蒋永達に対する相殺通知が差押の翌日到達したとしても前記の相殺は有効であつて、これを差押権者たる原告に対抗し得るのであり、原告の差押はその残債権の範囲についてのみ有効といわなければならない。そして、右相殺の結果本件差押にかかる相互掛金契約解約に基く返戻金中、山口第二〇号五十万円会第一四三号掛込金五万円の分中残金一万六千四百五円は、なお、被告において蒋永達に返還すべき債務を負担していることは被告の自認する処であるから、被告は原告に対しこの金額及びこれに対し本件訴状送達の翌日たること記録上明かな昭和三十三年九月十八日から年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
よつて、叙上説明の範囲においてのみ原告の請求を正当として認容し他は棄却すべく、訴訟費用は原告の負担と定め主文のとおり判決する。
(裁判官 福浦喜代治)